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July 14, 2008

言葉の重み

相変わらず大分の教職員採用試験問題がニュースになっている模様。

はやく他府県にまで飛び火させないと意味ないよ、と思いつつ。。。

昔は「おてんとう様が見ているから」という言葉がありました。私も祖母あたりから言われた覚えが。

キリスト教の母からは「人はみてなくても神様はみているから」

 

いいことも悪いこともちゃんと見られているんだよ、ちだからちゃんと生きないとね、と子供の頃言われました。

見られている、というと受動態なんだけど、要はすべて自分にはウソはつけないということだったと今は解釈しています。

やはり「やましい」ことをしてたらどこかで「ギクッ」となるし、いいことたらそれはそれで自分の心が清々しい。

 

最近はそういうこと言われてない人が多いんだな、と思う。

 

とある人の日記に、
「苦労したら、言葉に重みが出るからね」 と言われたと。

まさにその通りだと思う。

苦労して正々堂々と先生に受かった人と、裏でお金で先生になった人、何をするにも子供たちに伝わる重さは違うと思う。

というか、先生になろうと思った時点でそうは想像できないのかしらね。

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Comments

そーいうのは、先生になる前には想像できないのですよ。

税理士試験の場合でも「法人・所得・相続の国税三法を受験しないと合格後が大変だよ。」と散々言われています。でも、国税三法以外の科目に逃げる人が多い。やはり、センセーになる前には想像できないのです。

Posted by: おじん堂 | July 14, 2008 at 04:33 PM

>センセーになる前には想像できないのです。
確かに、人間そうかもしれません。

今回、独り立ちしてみて見える世界は想像以上にきびし~

Posted by: 山の猫 | July 14, 2008 at 08:34 PM

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